2010.12.9
最近の1冊  「写楽 閉じた国の幻」(島田荘司、新潮社)

どうしても買えなかった1冊-「写楽 閉じた国の幻」(島田荘司、新潮社)


 来年4月に国立博物館で特別写楽展が開催され、写楽のほぼ全作品が展示されるとの新聞報道を見て思い出したのがこの1冊です。いわゆる写楽本です。
 別に値段が高いから(2625円)買えなかったわけではありません。写楽本は昔熱中して読みあさりました。これらの本は処分するに忍びなく今も自宅の本棚に鎮座しております。
 寛政6年から7年にかけてわずか10か月で百何十点かの作品を遺して姿を消してしまった写楽とは一体何者なのか。資料的には斎藤月岑(げっきん)の「増補浮世絵類考」に、
  「写楽 天明寛政年間の人 俗称斎藤十郎兵衛 居(きょ)江戸八丁堀に住す 阿波の能役者也 号東洲斎」
という素性に関する記載がある程度ですから犯人探しをしたくなるのは当然です(もともと浮世絵類考は大田南畝の書ですが、その写本に代々書き加えられていったものが残っています。この月岑本で初めて写楽=斎藤十郎兵衛がでてきます。)。
 写楽は写楽でえぇじゃないかという方もおりましょう。歌麿は誰だったのかという論争は聞いたことがありませんからね。しかし斎藤十郎兵衛なる能役者がこれまた判然としなかったものだから論争は白熱、百花繚乱の説が唱えられたわけです。歌麿、豊国、北斎、十辺舎一九、中村此蔵、谷文晁、司馬江漢、蔦屋重三郎、秋田蘭画家などなど、その他にもいろいろな写楽別人説が挙げられました。ただ、それぞれ独自の基準でさがすものだから、牽強付会、ゲリマンダー的な論争になっていました。
 しかしこの論争も最終的に、内田千鶴子という研究家が、阿波蜂須賀家のお抱え能役者斎藤十郎兵衛の実在を調査し、浮世絵類考の記述を裏付けてしまったものだから、写楽=斎藤十郎兵衛でほぼ確定した感があります。そして私の頭の中もこの説が定着してしまったので、その後別人説を唱えられてもなかなか入ってこないという不幸なことになってしまいました。
 島田荘司の写楽本は、別人説、どうも当時鎖国中の日本に出入りを許されていたオランダ人が写楽だということのようなので、いまさらなぁという思いがあるのです(オランダ人シャーロックだという説は過去にありました。)。
 というわけで、内田千鶴子が証明する前に出版されていれば必ず読んだだろうな、しかし今となっては読む気がしないな、ということで買う気にならないのでした。構想20年ということなので小説として読めばおもしろいのかもしれませんが、小説を介して写楽探しをしてわけですから、事実を知ってしまった以上、興味は半減するのでした。-残念。そういう経緯をあまり気にしない人あるいは知らない人で興味のある方は是非読んでみてください。
                                                                                          以 上 (K)