2011.2.17
最近の1冊 「旧石器遺跡『捏造事件』」(岡村道雄、山川出版社)

 10年ほど前の民間の研究者藤村新一の旧石器遺跡の捏造事件は社会的にも大きな衝撃を与えた。毎日新聞の朝刊一面を飾った、藤村が発掘現場で石器を埋め込んでいる写真は今でも記憶に鮮明である。「神の手」と呼ばれた藤村の発掘は、その都度教科書を書き換えるような発掘であり、日本の旧石器時代の歴史を数十万年もさかのぼらせるような発掘だったから、その捏造発覚の衝撃度も尋常ではなかった。
 著者は、藤村とともに発掘にかかわった当時の文化財調査官であり、行政官・研究者としてなぜ捏造を見抜けなかったのかという自省を含め、当時の発掘の状況や現場の興奮を再現し、後に覆されることになる発掘成果を克明に記述している。
 藤村の捏造は1974年から2000年まで続き、捏造石器に基づく膨大な研究成果があったが、発覚によりそれがすべて覆されてしまったという考古学界では失われた25年である。日本の考古学界の信用は世界的にも地に落ちてしまった。  著者自身が藤村の業績の宣伝に加担してしまったと言うとおり、発掘の共犯者ではないかと当初は疑われ、その苦悩も描かれている。そして今回、著者が藤村に10年ぶりに再会したそうだ。山ほど藤村に聞きたいことはあったが、藤村は自ら右手の指を切断し、捏造の記憶もほとんど喪失していたという。 
 旧石器の時代測定は、石器が出土した場所を確認し、その堆積層を地層の色や粘性、砂や小石や炭粒の混じり方などの特徴によって、地層を堆積した順番に区分し、層の境界を引き、そこにメジャーを当てて各層の厚さを測り堆積状況をみることで石器の古さを判定するそうだ。石器自体で古さが明確にわかるものではないらしい。したがって古い地層にほかで採取した石器を埋めてしまえば、埋めた場所の地層の年代に石器が位置づけられてしまうことになるというのだ。たしかに旧石器は、自然に出来たのか、人の手が加えられているのか、その形状が単純なだけに見分けが難しい。そこに藤村はつけ込んだというわけだが手口はきわめて単純だ。発掘現場では、発掘された石器の興奮に、疑問視する少数意見はかき消され、逆に疑問を呈するとすぐに藤村によってあらたな石器が発見されたという。今考えれば甘かったとしか言いようがないが、当時は見破れなかったという。
 似たような捏造事件として、偽書「東日流外三郡誌」の事件があげられている(何と読むかわかりますか?)。この事件は石器ではなく青森で発見された一連の偽古文書事件だが、これについては「偽書『東日流外三郡誌』事件」(斉藤光政、新人物往来社)が詳しい。
 それにしても25年、4半世紀もだまし続けるとは!! ほかにもあったら怖い話である。
                                                                                            以上(H)