Q: 私が勤めている会社は,業績が悪いということで,2ヶ月も給与を支払ってくれていません。社長は「何とかする」と言って,一応営業は続けていますし,社員も出社して業務を行っていますが,社員の間では,「このまま倒産してしまうのではないか」という噂もたっています。今の状況で,自分の給与を確保するような方法はないでしょうか。
給与の先取特権を行使することで,裁判をすることなく,直接に,会社の財産を差し押さえるなどして給与を回収することができる場合があります。(裁判が不要な理由については,後述)
具体的には,会社が有する他の会社に対する売掛債権や,自社ビルのテナントに対する賃料債権といった,債権を差し押さえることなどが考えられます。不動産を差し押さえることも考えられますが,経営難にある会社は,通常,既に多くの銀行等に担保として提供していることが多いので,あまり実効性はないでしょう。
担保権の実行による差し押さえを行うには,「担保権の存在を証する文書」を執行裁判所に提出しなければなりません。
給与債権については,雇用契約の存在,給与の定め,労務の提供といった事実を立証しなければなりませんから,具体的な文書としては,雇用契約書(採用通知),賃金台帳や過去の給与明細,銀行振込の場合の預金通帳,源泉徴収票,就業規則,出勤簿やタイムカードなどが必要です。
また,退職金を請求する場合には,退職の事実を証明するための解雇通知や離職証明書,退職金の額を証明するための退職金規程(勤続年数などにより算定する場合は勤続年数がわかる書類も。)などが必要になります。
いずれの場合も,使用者による証明文書(未払賃金や退職金の額を確認して,記名,押印された文書等)があれば,なお良いでしょう。
具体的に必要な書類は事案によって異なります。また,給与の先取特権に基づく担保権の実行は,通常の訴訟手続が不要とはいえ,債権の存在や範囲について裁判官の判断がなされることになり,追加資料の提出や説明を求められることがあります。さらに,時間が経って会社の財産が散逸してしまえば,給与債権の回収は困難となることから,スピードが命です。私どもにご依頼頂ければ,こうした手続をスムーズに行うことができますので,ぜひご相談ください。
給与等の労働債権は,通常の訴訟手続や労働審判手続においても請求することができますが,民法上,他の一般債権者に先立って自分の債権について優先して弁済を受けることのできる「先取特権」という優先権が与えられています。
先取特権は,民事執行法上,その存在を証する文書を裁判所に提出することにより,執行(正確には,強制執行ではなく,「担保権の実行」といいます)をすることができるのが最大の特徴です。
つまり,ある債権を債務者の意思に関わらず強制的に回収しようという場合,原則として,通常の訴訟を提起して確定した勝訴判決を得るなどして「債務名義」が必要になりますが,先取特権のような担保権は,このような訴訟手続を経なくとも,強制的に債権回収ができるのです(たとえば,抵当権は,訴訟をしなくても,強制的に抵当物件を競売にかけることができますが,これも,先取特権同様,担保権の効力の1つです)。
給与の先取特権は,一般債権者に優先する効力を有するため,労働者にとっては有用な債権回収手段となります。
なお,給与等の先取特権が成立する範囲については,債権の発生時期により異なります。平成16年3月31日以前に生じた労働債権の場合は,先取特権が成立するのは最後の6ヶ月に限りますが,平成15年の民法改正により,平成16年4月1日以降に生じた場合はこのような制限はありません。
これは,賃金の支払の確保等に関する法律(いわゆる「賃確法」)による制度です。
企業が倒産した場合に,賃金が支払われないまま退職した労働者(破産申立等が行われた日の6ヶ月前の日から起算して2年以内に退職した人に限られます)に対して,その未払賃金や退職金のうち,退職前6ヶ月の部分で支払期日が到来しているものについて,労働者健康福祉機構が,事業主に代わって支払う制度です。
なお,ここでいう「倒産」とは,破産や会社更生などの法律上の倒産だけでなく,事実上,事業活動が停止して再開する見込みがなく,かつ,賃金支払能力がないことについて労働基準監督署長の認定があった場合も含みます。法律上の破産手続がとられた場合は,破産管財人に未払賃金額の証明をもらって立替金の請求をすることになりますので,破産管財人に連絡を取って下さい。
この制度は,その会社が労災保険の適用事業場で1年以上にわたって事業活動を行ってきた企業であること,あなたが「労働者」として雇用されてきたこと,「倒産」の6ヶ月前の日から2年の間に退職したこと,などの要件があります。
また,支給される金額は,未払賃金総額又は立替限度額(年齢により異なり,30歳未満は110万円,30~45歳未満は220万円,45歳以上は370万円です。)のいずれか低い額の,100分の80まで(1円未満切り捨て)となっています。
たとえば,仮にあなたが50歳で,未払い賃金総額が,退職金込みで400万円であった場合,立替限度額を上回っていますので,立替払いされる金額は,上限の370万円の8割である,296万円となります。